みんなの思い出の音楽

Music Lovers 

🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿 断られ続けた男たちへ——Beatles・Decca拒絶事件が教えてくれること

 

 

 

 

1961年大晦日の夜。4人の若者が、ボロボロのバンに乗り込んだ。

 

 

行き先はロンドン。リバプールからの道のりは4〜5時間のはずだった。しかし大雪と道に迷ったことが重なり、到着したのは深夜10時——実に10時間の移動だった。

 

 

John Lennonは後にその夜をこう振り返っている——「トラファルガー広場の噴水に飛び込む酔っぱらいたちを見るのにちょうど間に合った(just in time to see the drunks jumping in the Trafalgar Square fountain)」

 

 

翌朝1962年1月1日、午前11時。The Beatlesは、West HampsteadにあるDeccaのスタジオに到着した。

 

 

 

🎸 「自分たちの機材を使わせてもらえなかった」——波乱の幕開け

 

 

スタジオに着くと、担当プロデューサーのMike Smithはまだ来ていなかった。前夜の大晦日パーティーで飲みすぎていたのだ。

 

さらにSmithが到着すると、こう告げた——「あなたたちの機材は使えません。うちのアンプを使ってください」。

 

自分たちの楽器で演奏することを当然と思っていた4人には、これは大きなストレスだった。慣れない機材で、眠れないまま10時間移動してきた後、人生がかかったオーディションに臨む——それがこの日の状況だった。

 

それでもThe Beatlesは、1時間足らずで15曲を演奏した。LennonとMcCartneyが書いたオリジナル3曲を含む、渾身のセットリストだった。1962年当時、自分たちで曲を書くバンドは非常に珍しかった。

 

 

😔 「ポール、あなたは女みたいに聴こえた」——本人が認めた出来の悪さ

 

オーディション後、メンバーたちは自分たちの出来を正直に評価していた。

 

John Lennonは後年こう語っている——「自然に聴こえなかった。ポールは『Till There Was You』を歌ったけど、女みたいに聴こえた。俺は『Money』を歌ったけど、狂人みたいだった」

 

しかし2人は、その日の出来については意見が分かれていた。

 

Paul McCartneyは「あのテープを聴けば、なぜDeccaのオーディションに落ちたかわかる。そんなに良くなかった。ただ、興味深くてオリジナルな部分もいくつかあった」と後に冷静に分析した。

 

一方、John Lennonはこう反論した——「あれで落とすことはないと思う。まあまあ聴こえた。Deccaは磨きのかかったものを期待していたんだろうが、俺たちはただデモをやっていただけだ。ポテンシャルを見るべきだった(They should have seen our potential)」

 

 

🚪 「ギターグループは時代遅れ」——歴史上最も有名な拒絶の言葉

 

数週間後、マネージャーのBrian Epsteinがようやく結果を知らされた。

 

Deccaの重役Dick Roweが告げた言葉は、後に音楽史上最も有名な拒絶の言葉になった——

 

「ギターグループは時代遅れになりつつあります(Guitar groups are on their way out)」

 

さらにこう続けたとされる——「The Beatlesにショービジネスの将来はありません」「リバプールにはいい商売がありますよ。そちらに戻られてはどうですか」

 

衝撃を受けたEpsteinはこう言い返した——「正気ですか!この子たちはいつかElvis Presleyより大きくなります」

 

しかしRoweは動じなかった。同日に別のオーディションを受けていた、ロンドンのローカルバンドBrian Poole and the Tremeoloesを選んだ——旅費が安いからという、実務的な理由で。

 

John Lennonはこのエピソードについて、のちに「Dick Roweは今頃さぞ後悔しているだろう」と言われたとき、こう答えた——「死ぬほど後悔してほしい(I hope he kicks himself to death)」

 

 

🌟 「断られたことが、最高のことだったかもしれない」——その後に起きたこと

 

Deccaでの拒絶の後、EpsteinはHMV、Columbia、Pye、Philips、Orioleにも断られ続けた。

 

しかしこのDeccaのテープが、思わぬ形でEMIのGeorge Martinの耳に届くきっかけを作った。そして1962年6月、The Beatlesはその後10年間続く伝説のパートナーシップを結ぶことになる。

 

Dick Roweは生涯「The Beatlesを断った男」として語り継がれた。

 

そしてGeorge Martin自身も、実はこう証言している——「Deccaのオーディションテープを聴いたら、私も断っていたと思う」。つまり、あの日の演奏は本当にベストではなかった。The Beatlesがあの日より良い状態で、あの日の自分たちの真の姿を見せていたら、歴史は少し違った形になっていたかもしれない。

 

でもきっと、Deccaに落とされたことが、George Martinという最高のパートナーに出会うための必要な回り道だった——そう思わずにはいられない。

 

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「ギターグループは時代遅れだ」と言われた4人が、20世紀最大の音楽革命を起こした。

 

Brian Epsteinが「彼らはElvisより大きくなる」と言い返したとき、Deccaの重役は笑っただろう。

 

でも最後に笑ったのは、トラファルガー広場の噴水を見ながら酔っぱらいと新年を迎えた、あの4人だった。

 

 

 

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1963年2月11日、わずか10時間で録音されたビートルズのデビューアルバム『Please Please Me』。

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