1967年から1968年にかけての黄金時代の後、Arethaのキャリアは複雑な道を歩んだ。
「Respect」「I Never Loved a Man」「Natural Woman」——これらの曲で世界を変えた後、Arethaは「頂点の後」という、あらゆる偉大なアーティストが直面する課題と向き合うことになった。しかしArethaの物語が単純な「栄光と衰退」の物語でないのは、彼女が何度も「蘇る」アーティストだったからだ。
第2章では、1970年代の試練、1980年代の驚異的なカムバック、そして2018年の死に至るまでの、クイーン・オブ・ソウルの後半生を辿る。
🌊 1970年代の試練——Atlantic後期と低迷期
1960年代後半の爆発的な成功の後、1970年代のArethaのキャリアは起伏が激しかった。
1970年代前半は依然として輝いていた。「Don't Play That Song」「Bridge Over Troubled Water」——1970年代初期の録音には、全盛期の輝きが残っていた。特に1972年のフィルモア・ウェスト公演(「Aretha Live at Fillmore West」)は、ロックのメッカで行われたArethaのライブとして語り継がれる傑作だ。会場にいたRay Charlesがステージに飛び入りしたエピソードも有名だ。
同年の「Amazing Grace」というゴスペル・アルバムが彼女のキャリア最大のヒットとなったことは第1章で触れた通りだが、その直後から状況は変化し始めた。
テッド・ホワイトとの離婚(1969年)、私生活の混乱、そしてAtlantic Recordsとの創作上の方向性のすれ違い——これらが複合して、1970年代中盤以降のArethaの音楽は、批評家から「以前ほどの切迫感がない」と評されるようになっていった。
1976年の映画「スパークル(Sparkle)」のサウンドトラック制作でCurtis Mayfieldとコラボレーションし、一時的な注目を集めたが、1970年代後半のアルバム「Sweet Passion」「Almighty Fire」「La Diva」は商業的にも批評的にも振るわなかった。
1979年、ArethaDはAtlantic Recordsを去った。17年間在籍したレーベルとの別れ——しかしそれは終わりではなかった。
この低迷期についてArethaはこう語っている——「私は何度も壁に当たった。しかし私には、歌うことしかできない。歌い続けることが、私の答えだった」。
💃 「Jump to It」——Clive Davisとの再起
1980年、ArethaDはArista RecordsのClive Davisと契約した。
Clive Davisといえば、アメリカ音楽業界最大の功績を持つプロデューサー・経営者の一人だ。Janis Joplin、Bruce Springsteen、Barry Manilow、そして後にWhitney Houstonを発掘した人物。このDavisがArethaに「もう一度、本当の自分を世界に見せる機会を与えたい」と言った。
最初のArista時代のアルバム「Aretha」(1980年)は、現代的なR&Bサウンドへの適応を試みたが、まだ突破口とはならなかった。
真のカムバックは1982年の「Jump to It」で訪れた。
プロデューサーはLuther Vandrossだった。当時Vandrossはソロアーティストとしてデビューしたばかりの新進気鋭の存在だったが、ArethaDへの愛情と敬意は深く、彼女のために全力を尽くした。
「Jump to It」はR&Bチャートで1位を獲得。アルバムは最高23位を記録した。サウンドは1980年代のコンテンポラリーR&Bの洗練されたプロダクションを持ちながら、Arethaの声の力はいささかも衰えていなかった。
1983年の「Get It Right」もLuther Vandrossのプロデュースで、こちらもR&Bチャートで1位を獲得した。
このVandrossとのコラボレーションが示したのは、Arethaが「時代のサウンド」に適応しながらも、自分の「声の本質」を失わない能力を持っているということだ。どんなプロダクションに包まれても、Arethaの声はArethaの声だ——その不変性が、彼女を時代を超えるアーティストにした。
あなたはArethaの1980年代の楽曲を聴いたことがありますか?1960年代とは違う、あの時代ならではの輝きがあります。
👑 「Who's Zoomin' Who?」——1985年の驚異的なカムバック
1985年の「Who's Zoomin' Who?」は、Arethaのキャリアの中で最も重要なカムバック・アルバムの一つだ。
このアルバムの制作には、当時の音楽シーンで最も旬なプロデューサーたちが集まった——Narada Michael Walden、Keith Richards、Dave Stewart(Eurythmics)。特にNarada Michael Waldenとのコラボレーションが、このアルバムのサウンドを決定づけた。
タイトル曲「Who's Zoomin' Who?」は軽快でポップなR&Bナンバーで、MTVでも積極的にオンエアされた。しかしこのアルバムで最大のヒットとなったのは「Freeway of Love」だった。
「Freeway of Love」——あの跳ね回るような喜びに満ちたホーンのイントロ、そしてArethaの「We're going riding on the freeway of love(愛のフリーウェイを走り抜けよう)」という高らかな宣言。この曲はBillboard Hot 100で最高3位、R&Bチャートで1位を記録し、Arethaに1970年代後半以来最大のポップ・ヒットをもたらした。
このアルバムの成功の背景には、時代の変化への巧みな適応がある。1980年代のMTV時代、「見える音楽」が求められるようになった。「Freeway of Love」のミュージックビデオは、ピンクのキャデラックに乗るArethaという鮮烈なビジュアルで、MTV世代の新しいファンを獲得した。
同じ年、Arethaは「Sisters Are Doin' It for Themselves」でEurythmicsのAnnie Lennoxとコラボレーションし、フェミニスト・アンセムとして大きな話題を呼んだ。「Respect」から18年後、Arethaは再び時代の感情を代弁する曲を歌っていた。
「Who's Zoomin' Who?」はグラミー賞「最優秀R&Bボーカル・パフォーマンス(女性)」を受賞し、Arethaは1980年代の「第二の黄金時代」を確立した。
🌍 オバマ大統領就任式——「My Country, 'Tis of Thee」の感動
2009年1月20日、ワシントンD.C.、リンカーン記念館前。
バラク・オバマが第44代アメリカ合衆国大統領に就任した日、Aretha Franklinが就任式で歌った。
曲は「My Country, 'Tis of Thee(わが国よ、あなたこそ)」——アメリカの愛国歌だ。しかしArethaが歌うとき、それは単なる愛国歌ではなかった。
歌い始めた瞬間、200万人の観衆がいたとされるナショナル・モールは静まり返った。そして最初のフレーズが終わると、波のような歓声が広がった。
この瞬間の意味を理解するためには、歴史を振り返る必要がある。Arethaが生まれた1942年のアメリカは、黒人が白人と同じ場所で食事することも、同じ学校で学ぶことも許されなかった時代だ。1955年のモンゴメリー・バス・ボイコット、1963年のバーミンガム運動、1965年のセルマ行進——Arethaはそれらすべての歴史を生きてきた。
そして2009年、黒人の大統領が誕生した就任式で、Arethaは歌った。
「My Country, 'Tis of Thee」の歌詞——「Land where my fathers died(私の父祖が死んだ地)」。この一行が、黒人のArethaの声で歌われるとき、その「父祖の死」が奴隷制と公民権運動の歴史と重なって、言葉では表現できない感情を呼び起こした。
テレビの前でこの瞬間を見ていた何百万人もの人々が泣いた——それは単に美しい歌声への感動ではなく、「ここまで来た」というアメリカの歴史への感動だった。
Arethaの帽子も話題になった——大きなリボンのついたグレーのフェルト帽。その帽子は後に「スミソニアン国立アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館」に展示された。歌声と帽子が、ともに歴史の一部になった。
📸 映画「ブルース・ブラザーズ」——スクリーンの中のAretha
1980年、Arethaは映画「ブルース・ブラザーズ」に出演した。
この映画は、ジョン・ベルーシとダン・エイクロイド演じる「ブルース・ブラザーズ」が、孤児院を救うためにバンドを再結成するコメディだ。映画にはRay Charles、James Brown、Cab Calloweayなど、ソウルとブルースの伝説たちが次々とカメオ出演している。
Arethaが演じたのは、食堂で働くMatt Murphyの妻、Mrs. Murphy。夫がバンドに戻ることを怒り、「Think(シンク)」を歌いながら夫を追いかけるシーンが、映画の最大の見せ場の一つとなった。
「Think」——これはArethaが1968年に自ら書いたオリジナル曲だ(Jerry Wexlerとの共作)。「Freedom(自由)」という言葉が繰り返されるこの曲を、映画の文脈でArethaが全力で歌うシーンは、コメディ映画の一場面でありながら、本物のソウルの爆発だった。
Arethaは後にこのシーンについて語っている——「私はただ、歌った。映画の中でも、外でも、私は歌うしかない」。
「ブルース・ブラザーズ」はカルト的な人気を誇る映画となり、Arethaのシーンは映画史に残る名場面として語り継がれている。若い世代がこの映画を通じてArethaを発見し、「Respect」へ「Natural Woman」へと遡っていく——映画はArethaの音楽の「入り口」としても機能した。
あなたは「ブルース・ブラザーズ」を見たことがありますか?Arethaのシーンの「Think」は圧巻です。
🏆 18回のグラミー賞——歴史を作り続けた記録
Aretha Franklinのグラミー賞受賞歴は、音楽史の記録と呼んでいい。
グラミー賞を合計18回受賞(一部の集計では20回)。そのうち「最優秀R&Bボーカル・パフォーマンス(女性)」部門を11回連続で受賞——この連続受賞記録は、今日でも破られていない。
1987年、女性として初めてロックの殿堂入りを果たした。
1994年、グラミー生涯功労賞を受賞。
2005年、ジョージ・W・ブッシュ大統領から大統領自由勲章を授与された——アメリカの民間人に贈られる最高の名誉だ。
しかしArethaの最も重要な「受賞」は、これらの公式な栄誉ではなく、世界中の音楽家たちから贈られた敬意だった。
Paul McCartney、Elton John、Mick Jagger、Carole King——ジャンルを超えた最高峰の音楽家たちがArethaについて「私の音楽人生を変えた存在」と語っている。Beyoncéはグラミー授賞式でArethaの曲を歌い、Adeleは「私の声のお手本はAretha」と繰り返し語った。
Arethaの影響は「次世代のシンガーへの影響」という枠を超えている。ポップ、R&B、ゴスペル、ジャズ、ロック——すべてのジャンルの音楽家が、Arethaから何かを学んだ。それは「声の技術」ではなく「声で魂を届ける方法」——これが彼女の最大の遺産だ。
Rolling Stone誌が選ぶ「最も偉大なシンガー200人」のリストで、Arethaは不動の1位を占めている。2021年の改訂版でも同様だ。この順位が半永久的に動かないと思われる理由は、Arethaの歌が「技術の頂点」ではなく「人間の声が届き得る最も深い場所」を示しているからだ。
🎵 晩年の名演——「Natural Woman」ケネディセンター
2015年12月6日、ワシントンD.C.のケネディセンター。
Carole Kingの「ケネディセンター名誉賞」授賞式。Arethaは友人Carole Kingへの敬意を示すために歌った——「(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」を。
この演奏は、音楽史上最も感動的なパフォーマンスの一つとして語り継がれている。
アレンジは1968年のオリジナルとは異なり、よりシンプルだった。しかしArethaが歌い始めた瞬間から、会場の空気が変わった。Carole Kingは涙を拭いながら観客席で立ち上がった。バラク・オバマ大統領も涙をこらえながら、最終的に立ち上がった。会場全体が立ち上がった。
特にクライマックス——「You make me feel like a natural woman!(あなたは私を、本来の女性だと感じさせてくれる!)」と叫ぶ瞬間——Arethaのコートを脱ぎ捨て、全身全霊で歌い切る姿は、73歳とは思えない圧倒的なパフォーマンスだった。
コートを脱ぎ捨てる瞬間の映像がSNSで世界中に拡散した。「Queen shed her coat and brought the house down(女王はコートを脱ぎ捨て、会場を揺らした)」というコメントが溢れた。
この演奏が示したのは、Arethaの声が73歳になっても本質的な力を保っていたということだ。そして同時に、1968年にCarole Kingが書いた曲の普遍性——47年後の2015年、同じ曲が同じ感動を生み出せるという事実。
あなたはこの「Natural Woman」のケネディセンター映像を見たことがありますか?もし未見なら、ぜひ今日見てほしい。言葉を超えた体験があります。
🎗️ 病との闘い——2018年8月16日、最後の日
2010年頃から、Arethaの健康問題が表面化し始めた。
2011年、Arethaは膵臓の腫瘍の手術を受けた。詳細は明かされなかったが、回復後のArethaは「神様の恵みで回復した」と語り、音楽活動を続けた。
しかし2017年頃から体調の悪化が続いた。コンサートのキャンセルが増え、公の場への出演が減っていった。それでもArethaは音楽を手放さなかった。
2017年11月、ニューヨークのElton Johnのエイズ財団ガラに参加し、ピアノを弾きながら歌った——このパフォーマンスが、多くのファンが目にした最後のライブ演奏となった。
2018年8月、Arethaはデトロイトの自宅でホスピスケアを受けていた。
8月16日午前9時50分、Aretha Louisa Franklinは76歳でこの世を去った。
死因は膵臓がんだった。
訃報が世界に広まった瞬間、デトロイトでは自然発生的な追悼が始まった。ニュー・ベセル・バプティスト教会——Arethaが子供の頃に歌い、父C.L.フランクリンが説教した教会——の前に、人々が花を持って集まり始めた。
ドナルド・トランプ大統領、バラク・オバマ前大統領、ビル・クリントン前大統領——政治的立場を超えて、すべての指導者たちが追悼の言葉を発した。オバマはこう書いた——「Arethaの歌声は、神の贈り物であり、私たちへの遺産だ」。
世界中のラジオ局が「Respect」を一斉にオンエアした。街角で、車の中で、店の中で——「Respect」が流れた。その日、世界中の「Respect」の再生回数が記録的な数字を示した。
🏛️ 葬儀という国民的儀式——デトロイトが泣いた日
2018年8月31日、デトロイトのグレーター・グレース・テンプル教会。
Aretha Franklinの葬儀は、6時間に及ぶ壮大な式典となった。
700人以上のゲストが参列した——元大統領のビル・クリントン、元大統領夫人のヒラリー・クリントン、スティーヴィー・ワンダー、ジェシー・ジャクソン牧師、ファレル・ウィリアムス、ジェニファー・ハドソン、そして無数の音楽家たちと市民たち。
Jennifer Hudsonが「Amazing Grace」を歌った。Stevie Wonderが「The Lord's Prayer」を歌った。そしてAriana Grandeが「(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」を歌った——その歌声はあまりにも短いスカートとともに話題になったが、歌そのものは感動的だった。
式典の中で最も印象的だったのは、牧師のアル・シャープトンの言葉だ——「Aretha Franklinは、音楽を通じてアメリカの歴史を書き換えた。彼女は歌で法律を変えた。歌で権利を訴えた。歌で人々を一つにした」。
棺は金色のキャデラックのような霊柩車に乗せられ、デトロイトの街を練り歩いた。沿道には何万人もの市民が集まり、涙を流しながら見送った。
この葬儀が「国民的儀式」になった理由は、Arethaが単なる「偉大な歌手」ではなかったからだ。彼女はアメリカの公民権運動の象徴であり、女性の権利の声であり、黒人の誇りの体現者だった——その存在の大きさが、葬儀という私的な儀式を、公共的な悼みの場に変えた。
⭐ Arethaが残したもの——魂の女王の永続する遺産
Aretha Franklinが世界に残したものを一言で表すなら——「声が持つ力の、最大の証明」だ。
「Respect」は今日も世界中で流れ続けている。職場での平等、ジェンダーの権利、人種の平等——これらのテーマが語られるとき、「Respect」は必ず参照される。曲が生まれてから半世紀以上が経っても、その言葉の力は少しも衰えていない。
「Natural Woman」はCarole Kingの原曲よりも、Arethaのバージョンの方が世界に知られている——これはArethaの解釈の力がいかに強かったかを示している。
音楽産業における功績として——Arethaは女性R&Bアーティストとして、Spotifyで最も聴かれているアーティストの一人であり続けている。2018年の死後も、その数字は増え続けている。
次世代への影響として——Beyoncé、Alicia Keys、Mary J. Blige、Jennifer Hudson——今日のR&Bシーンを代表する女性アーティストたちは、全員がArethaを「最初の偉大なインスピレーション」として挙げる。
しかし最も重要な遺産は、数字でも名前でも表せない何かだ。
Arethaの歌を聴いているとき、聴く人はひとり残らず「自分のことを歌っている」と感じる。喜びの中にいても、悲しみの中にいても、怒りの中にいても——Arethaの声は届く。それは彼女が技術的に完璧だからではなく、彼女が人間として誠実だったからだ。
C.L.フランクリン牧師の娘として教会で歌い始めた少女は、コロンビアでの6年間の不遇を経て、Atlantic Recordsで本当の自分を解放し、半世紀にわたってクイーン・オブ・ソウルの名にふさわしい音楽を作り続けた。
2018年8月16日の朝、Arethaはデトロイトで静かに旅立った。しかし「What you want, baby I got it」という声は、今日も世界中で流れている。
魂は死なない——Arethaの音楽が、それを証明している。🎤
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